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Lamborghini Miura/ランボルギーニ・ミウラ

「ミウラ」の由来は有名な闘牛に因んで付けられ、およそ750台しか生産されなかった。ランボルギーニはトラクターの製造で有名だった当時、このミウラによってスポーツカーとして名を馳せることになった。また、当時は12気筒+大排気量を搭載させたミッドシップは例がなく、世間を騒がせた。                             
                        【ミウラが復活か?!】
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copyright(c) worldcarfans.com



ミウラの製造については論争が起きるほど、複雑な歴史がある。シャーシ設計とミウラの開発プロジェクトはジャン・パオロ・ダラーラ。ボディの設計とデザインはベルトーネ社のマルチェロ・ガンディーニである。当時、ミウラはジョルジェット・ジウジアーロの作品であると出版物に堂々と書かれていたが、実際の原案スケッチから一連の作業までは全てがマルチェロ・ガンディーニであった為、ガンディーニの作品だとも言える。このデザイナーの交代劇が重なり、マニアの間では「ミウラのデザインはジウジアーロか?ガンディーニか?」で必ず熱い論争が起きる「ミウラデザイン論争」というものがある。

【コンセプト】 忠実にオリジナルを再現しているが、ミウラファンは受け入れるのだろうか・・・。
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【オリジナル】 リトラクタブルヘッドライトを採用。開き方は通常とは異なり、起き上がるタイプ。
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このミウラ、当時顧客から市販化と納車を早めるようリクエストがあり、設計では性能と品質は考えずに生産を最優先したという。その為、サスペンションのセッティングは決められないまま発売が決まり、LSDも採用せず、エンジンとミッションがオイルを共有することから急激なリバースステアが発生、扱いにくい車としても有名である。しかし、この流麗なデザインは今でも人気であり、世界中でミウラを探すコレクターが多く、常に高値で取引きされている。このようなデザイン重視のイタリア車は性能や速さは評価されない。むしろ芸術としてデザインが重視される。
残念ながら、このコンセプト「ミウラ」は市販化はされないと言われている・・・。
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フェルッチオ・ランボルギーニ(創設者)の伝説としてフェルッチオが事業で成功し、フェラーリを購入。その後、あまりにフェラーリの品質が悪くクレームを付けたがフェラーリは全く話を聞かずに酷い対応で断った。そして、怒ったフェルッチオは「それなら自分でフェラーリよりも素晴らしい車を作ってやる!」という話があるが、真実では無いようだ。これは当時のメディアが面白いように話を作ったと言われおり、実際には品質改善提案書をフェラーリに送り、断られているのは本当のようだがフェラーリも丁寧に断り、フェルッチオはフェラーリを恨むような事は無かったという。そして、「このような高価な車でも売れるのであればビジネスとして成り立つ」という考えから、メーカーとしての「アウトモビリ・ランボルギーニ」のビジネスが始まったというのが真相のようである、これは夫人が証言している。また、エンツォ・フェラーリとフェルッチオ・ランボルギーニとの違いは明らかで、エンツォはレースに固執し、フェルッチオはあくまでも事業家として車を製造していたという事である。それ故「ランボルギーニ社はレースには出場しない」と生前は強く言い、社訓にもなっていたという。同じイタリアのメーカーでも「フェラーリ」と「ランボルギーニ」とでは生い立ちと車に対する考えもかなり違っていたようである。
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by unobello | 2007-09-05 13:19 | Article(読み物)